萩燒茶碗 - 梅田陶樂 茶碗歲時之美 - vol.611 夏 芒種 二十六候 腐草為螢 六月十一日
萩燒的胎土是開採小郡到防府之間的大道土 混合見島的赤土和萩深山的金峰土 所製作出的器形樸拙厚實 器物表面的轆轤痕跡明顯 經常可見到木板所劃出的刮痕 尤其是高台的變化多 底部高台有銳利削痕是萩燒的特徵之一 萩燒茶碗非常注重高台的位置 從轆轤取下後要陰乾2~3日 等到半乾後開始製作高台 最後刮出接近竹節的形狀 被稱為竹節高台
使用柞灰、雜木灰、稻灰等素材製成釉藥 像井戶茶碗一像呈枇杷色有大大小小的貫入文 有時會出現像是雞蛋色或是海鼠色等 比起手捻的成形方式 轆轤成形能製作端正的器形 首先將粘土荒練或是菊練之後 將砲彈形的粘土放在轆轤中心進行拉坯成形 轆轤成形需要非常熟練 一開始都是以筒形伸展粘土作為練習 可以拉出上下均一的厚度之後 如何拉薄就非常重要 如果時間過長則粘土吸收水分就會變得鬆軟
萩燒茶碗 SIZE:直徑 12.5㎝X高7.7㎝ Weight : 263g 含作家簽名共箱
梅田陶樂 萩焼(はぎやき)山口県萩市。 萩焼は高麗焼とも呼ばれ、1604年に毛利輝元の招きで萩藩に召し抱えられた李勺光・李敬兄弟により高麗焼の技を用いて藩の御用焼として開窯されたもの。以来藩主の庇護のもと発展し多く愛好されるようになった。 独特の柔らかな風合いと変転極まりない窯変が特徴で、表面の細かなヒビから水分が浸透し、器の中から表面にまで至るため使いこむほどに器の色合いが徐々に変化する「萩の七化け」の面白さは他に類を見ない。 古来より茶人の間では「一楽 二萩 三唐津」と賞賛され広く珍重されている。
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