粉引灰釉火變盃 - 其中窯 河村又次郎
旅與器生活 - vol.054
粉引陶器獨特的溫暖表情
乳白色的表面因化妝土厚度的不同
在器物的邊緣隱隱約約的深淺痕跡
透出底層的棕色泥土原色
粉引的白色層次非常豐富
完全不同於白磁堅硬冰冷的銳利觸感
粉引器物進行高溫燒製後
原本底土的鐵質或泥土顆粒會隱約浮現
素樸溫暖的柔軟味道令人著迷
河村又次郎生於京都
為京都陶芸家河村喜太郎之子
「さなげ陶房」 築窯
灰釉釘彫是河村又次郎的代表技法
幾何圓形以強力的釘彫表現
在傳統樸拙風貌中具有嶄新的造型
灰釉柴燒的秀逸景色
形塑宛如土器般的獨特風格
粉引灰釉火變盃
SIZE:1.火變湯吞直徑7.3cm X 高6cm
2.灰釉盃直徑5.5cm X 高5.5cm
3.灰釉盃直徑5.7cm X 高5.2cm
4.灰釉盃直徑7cm X 高4.3cm
5.粉引盃直徑5.8cm X 高4.6cm
6.粉引盃直徑6.4cm X 高3.6cm
其中窯 河村又次郎
(1930-2006)
1930年京都市生まれ。喜太郎の次男
1950年父喜太郎とともに平戸橋に移る。日展入選
1953年京都市立美術大学入学
1957年卒業
1961年豊田青年会議所理事長
1966年父喜太郎の死去により鎌倉の其中窯を継ぐ
1983年豊田芸術選奨受賞
京都の陶芸家であった河村喜太郎(1899-1966)は、
昭和25年(1950)猿投の土に魅せられ、
次男の河村又次郎(1930-2006)とともに京都から
豊田市平戸橋に移り住み、築窯し
「さなげ陶房」と名付け陶芸活動を行いました
平戸橋では、京都の繊細な色絵磁器造りから一変して
土くさい土器を感じさせる独特の作風を完成しました
昭和36年(1961)鎌倉の北大路魯山人の陶房を受け継ぎ
其中窯を築きます
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